2011年06月13日

2011年03月12日

将来の夢は、BIGな男になることです。

今のオレでは、なんにもできない。
目の前の出来事に対して、あまりにも無力。むしろ邪魔。
いち観客と同じ立場でしかない。


オレは、自分の行動や言葉で、人を救えるようになりたいのです。
救いたいと思ったら救えちゃうぞーって人になっちゃいたいのです。

というわけで、将来の夢はBIGな男になることです。
posted by ケン at 13:17| 京都 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

卒論構想―課題意識



というわけで続いては課題意識です。

なんだかんだ問題問題言ってはいるものの、じゃぁどういう状態が良いんだお。


先に言ってた問題ってのを簡単にいうと。

・現在、学力の輪切りだけで高校選んでない?

ってことです。
箇条書きにしようと思ったんですけど、全然箇条書きするほどありませんでした。
よく考えたら同じことをウダウダ書いてただけでした。
でも良いんです。まぁ良しとする。


ってか中学から高校だけにしぼってますけど、よく考えたら大学もそうな気がしてきた。


教育学部はまだ理解しやすい分野かもしれんけど、
文学部ってなんなのか。文が好きだったっていうならわかるけども、
それって将来その道に進もうと思って選んだのか。
そうでなければどう選んだのか。
正直な話をすれば、京大には「学力の輪切り」で学部を選んだ人は多いと思う。
ホントは法学部に…とか、ホントは医学部に…なんて人は山ほどいるし、
同じ工学部でも学科選びでそんなようなことしてる人は多い。
でも、明確に選んでる人も同じくらいいる気がする。
将来これこれこういうことがやりたいからこの大学のこの学部!
充分下調べをした上で全国から大学を見つけて来て受験する人。
ほんとすごいと思う。将来の夢というものについて、もちろん甘いところもあるのだろうけど、真剣に悩んで自分の進路を決める。
かっちょいい。

大学ならこういう人の話は結構聞く。
高校選びではあまり聞かない。
その差は何かって言ったら、やっぱり年齢なのかと思います。




話を戻します。
そんな問題意識から来る課題意識は何なのか。
というか課題意識ってなんなか個人的にはよくわかってないです。笑うところです。
理想の状態を考えれば良いのかな。
どうやればこの問題が解決できるか考えればよいのかな。
それともそれとも。

まぁとりあえず解決策を考えてみんとす。



ひとつめ。
学力低いからそんなことが生まれるんだろって発想。
もしある程度の学力を全員が保証されるならば、高校選択の自由はもう少し幅が広がるはず。
行きたいところはあるのに学力でそれが無理って人を拾えば良いじゃない。

もし、学校の授業がもう少し良ければ。
(良ければって何だという話はとりあえずおいとけ!)
でも、勉強の格差がつかないような教え方があるならばそれを実践すれば。
中学までは公立も多いんだからそこで学力の差が広がらないのならば。
高校選びはより自由にあふれたものになるはずじゃなかろうか。

そんな考え。
生徒の学力の質を向上させることにより、学力の輪切り状態を解決する。
うまくいくかどうかとかは知らん。
なにせこれはオレの妄想にすぎないのです。

じゃぁそういった授業はどこから作っていくべきなのか。
そこでオレが提唱というか取り上げたいのは「仮説実験授業」というもの。

この授業は「授業書」と呼ばれるテキストに基づいて進行される。
子どもたちが授業の内容を把握していくための授業の法則性を定式化し、どんな教師でもほとんど間違いのない授業が進行できるように制作される。
学びのプロセスっていうものを法則化しようって話です。
個人個人、授業の内容を理解するには様々な過程があると思います。
だけど、人口こんだけいるんだから、多くのデータをとって授業書をつくることくらいできるだろ!ってことです。
教師に関わらずある程度の成果があげられるとされる。
普通の教師が同じ内容を子どもに教えるのは年2,3回だろうけども、授業書に基づいて行われる授業は20〜50以上の様々な学校のクラスで実践され、改良に改良を重ねたものです。
ノウハウとかを定式化しようってことです。
だからこそ「この授業書にのっとって授業すれば、だれでも間違いなく成果をあげることができる」ということです。
何か子どもに伝わらないことがあったとすれば、それは教師のせいではなく授業書のせいです。
すぐさま授業書は改訂されまた実践されます。
こういった授業を取り入れることによって、授業は全国で地方にかかわらず定式化される。
そうすれば学力の格差は小さくなるし、それによって二次的に将来選択の可能性は広がるんじゃなかろうか。という話です。



もちろん「仮説実験授業」ってのも良いことばかりじゃないですよ。
上記のは全部賛成派からの意見というか肯定的な考えを恣意的に集めたものです。
教師の自由や、教え方に幅がなくなるなど否定的なものもあります。
というかこんな良いことづくめなことが実践されてないはずがありません。
理科だとなかなか進んで議論されてるのかな?知りませんが、社会とかに応用するのって難しい気もします。




まぁ生徒の学力という点から解決しようと思った案です。






ふたつめ。
高校に夢が無いから、適当な選び方をするんだろ?って案。
もし高校がもっと特色にあふれているのなら、それに従って生徒の意欲も伸びるはず。
もし普通高校や職業高校が学力なんかで適当に輪切りされた状態で並んでいるんじゃなくて、
並列された状態で特色豊かに並んでいるのなら。
自信の興味関心に基づいて将来の進路を選ぶことができるんじゃないでしょうか。

じゃぁその特色を打ち出すために学校はどうしたらいいのか。
また、特色だけ打ち出しといて中身がついてこないでは現状と何も変わらんので、どうやったら色濃く反映することができるのか。

オレがこの問題を考えるなら
「教師の目指す教育像」と「学校が目指す教育像」の精度の高いマッチングを目指すことにより、問題の解決を図ります。
つまり、こんなことやりたいんだけど・・・っていう学校に対し、それイイネ!ってしっかり思ってくれる教師を集める。
それによって学校の指針はよりしっかり決まるし、教師だってのびのびと仕事をすることができるんじゃなかろうか。

もちろん色んな問題点はあります。
公務員なのにそんなことができるのかとか。
同じ思考の人間が集まることでの危険性。
でも、もし精度の高いマッチング、つまり民間企業が目指しているような就職活動、をすることが可能ならば、、
それは夢がひろがりんぐな気がします。

ただ問題はこの案は全くのオレの発想なので、文献が何も読めていないこと。
もう少し考えないと全くの妄想ですね。





3つめ。
制度が悪いだろwwって案。
そんなもん15歳の時点で将来の進路選択をしなきゃいけないこと自体が間違ってるだろってことです。
何故15歳が職業高校を目指すの?その職業につきたい夢があったの?
職業体験してからでも遅くないんじゃない?もっとその職について調べてからにしたら?ってことです。
職業高校のことも全然知らないからわからないんだけども、
そこを卒業した人の進路とかどうなってるんだろうかね。
身に付けたスキルを使える職場に進学してる率ってどんなもんなんだろね。
実際のアンケートとかだと、高校生活に楽しみを感じている率ってのは、
職業高校は普通高校に比べて圧倒的に低いです。
職業高校の人が一番にあげる楽しさは「友達との絡み」です。
それは一体何を示しているのか。
職業高校の必要性から議論する必要があるんじゃないか。

普通高校にしても、その後の大学の進路を決めるための手助けをもっと充実させるべきではないか。
大学が自分の興味関心やその後の将来に基づいて決められるのであれば、
高校生のうちに職場体験やら社会人との接点を作っておくことは、進路選択においてかなり有益なんじゃない?

なんて、制度に関する話しです。
極端な話しをすれば、
・中学をもっと伸ばす
・高校を普通高校のみとする
・地域をあげての職業支援をする
とかです。超極端。
しかし、提案をするだけで終わってしまうのは卒論ではないので、
おそらくどこかの街の現状や先行研究を追って考えるとかが道のりなんでしょうか。

センター試験の是非に関して考えるのも良いですが、
ありきたりなんでカットします。










そんな感じが解決案だと思います。
っていってもほぼ自分の妄想なんでね。
もちろんオレと同じ考えをしてきた人なんて山ほどいるわけで、その人たちの先行研究を読みながら考えを深めるのがこれからの道かと思います。

そして自分の考えはだいたい整理できたので、
今回の発表を超えて思ったことなんかは次に書きたいと思います。
posted by ケン at 03:13| 京都 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

卒論構想―問題意識





というわけで、卒論に関して考えを深めようと思います。
ブログ記事というよりはもはや頭の整理。
それとたまには更新する誠意を見せたいということです。

最近深めなきゃいけないことばかりな気がしますが、正直オレからはもはやどうにもならんので卒論からいきます。


というかまだ三回生なのに卒論をやらんきゃいけんのかという問題ですが、
なんだか僕のゼミはサポート体制バッチリだぜ!が売りの一つみたいです。

サポートバッチリすぎてスタート早すぎな感もありますが、
まぁマイナスでもないんでちょっとずつやっていこうかなと思います。


さて、僕が専攻してるのはってほど専攻してないんですが、「教育方法学」です。
よくわからんけど、たぶん教育の中ではかなり実践よりな分野な気がします。
方法学って何?って言われると、いまだ教科書的な返事しかできないですがね。

自身の問題意識から広げていきます。

問題意識→課題意識→先行研究→論点→私見

みたいな流れで当面あたっていけばなんとかなるかな?とりあえず、問題意識から。


――――――


編集後記。
書き終えて、見返さずにここを書きます。
かなり暗ーい問題意識が書かれてます。
ネガティブですが、問題意識なんだからこんなもんだろwwと思います。



――――――




自身の経験から想起します。
北海道は函館という田舎から京大まで出てきて、思ったことは名門校出身の多さ。
ってかみんなそこ出過ぎです。ニシヤマトさんが知り合いに何人いるんだって感じです。
対して函館ラサールは少なすぎ。というか北海道出身が少なすぎ。
なんでこんなに格差があるん?

出身地から遠いところには行きたくないだろってのもあると思います。
そりゃぁそうだが、そこはやはり京大。別に沖縄だろうが北海道だろうが、行きたい人は行きたい。
そこに「京都は遠い…」って人はそんなに多くはないんじゃないかしら。
もちろん地元の国立狙う人だっているけども。

自分の進路なんて自分で決めるべきだし、当然将来の夢に基づいて決めるのが一番良いと思う。
ただ、将来の夢ってなんでしょう。
現実的な夢を描ける年齢っていつでしょう。
プロ野球選手の夢を捨てるのは一体何歳なのか。

高校行くときに何を考えて高校選んだのか。
ちなみにオレは学力です。それと地域。
高校生で函館の外に出る気はなかったし、学力が低いところを選ぶつもりもありませんでした。
将来の夢は教師で、別に職業高校に行く必要も専門的なところに行く必要もなし。
ただただ普通の勉強をするところに行けば良かったんです。

迷った候補はありました。
「函館中部高校」と「函館ラ・サール高校」です。
ラ・サールは真ん中に点があるのが正しいです。

中部高校は、函館の公立の中ではもっとも頭が良い。
頭が良いって何?とかいうのは置いときます。
ラ・サールは私立ですが、中部高校より少しだけ頭が良い。

加えて大事なポイントとして、中部高校には水泳の授業があったこと。
これはカナヅチの僕としては非常にでかい。笑い事じゃない。

ラサールは男子高。「英雄色を好む」を信条とする身としてはおおごとです。
(色を好む者必ずしも英雄ならず)

親はラサールにしろとずっと言ってました。
ラサールじゃなきゃ学費払わんとまで言ってました。高校生になんてこと言ってるんだ。
尊敬する担任の先生は「迷え」自分で決めろと言ってました。
オレは「中部に行きたい。ホモ校は嫌」と言ってました。




結局ラサールにしました。
なんでなんでしょう。
オレはずっと中部だと言ってたのに。
同じ中学から3人同じように受けて、同じように受かって、ただ一人ラサールを選びました。
何故。

もはや時効なので正直な話をいうならば、
学力の問題でしかなかったと思います。
口では「中部中部!共学共学!」言っておきながら、学力面のことをしたたかに考えていたように思います。
なんでそんな学力大事なのか。




見栄っ張りだからです。尊敬されたいからです。
京大選んだのもそうだからです。京大すげぇって言われたいからです。
っていうのが負の側面です。

教師になろうと思ってたからです。
教師で何かを変えるためには、地盤を整える必要があると思ったからです。
低学歴で教師になるんじゃなくて、高学歴でありながら教師で何かを変えたかったからです。
学歴でものを考える人たちに「低学歴のくせに」と言われることを事前に避けたかったからです。
っていうのが普通の面です。

教師になりたくて教育学部を上から選んだら京大だった。
っていうのがオレらしい側面です。



結局そんなこと思いながらラサール選びました。
口では言いつつも、本心はずっとラサール行くんだろなと思ってました。
それはオレの性質から見て当然だろうと思ってました。思っています。


さて、オレの経験を恥ずかしげもなく長々長々書いたところで、話しは次に。

じゃぁみんなはどう選んだのか。
正直、京大にいる人に聞いても何の面白みもないし、ラサールにいる人に聞いてもなんともない。
そう考えると自分の中学というのは面白くて、もはや働いてる人だらけです。
一応断っておくならば、それに対して卑下する気持ちは微塵もないです。
というか働くのすごいなぁと思います。就活してるとなおさら思う。
働いてる人の話は重みが違うのと、加えて魅力的です。
もちろんそうではない人もいるけれど、少なくとも僕の友達は魅力的です。
かっちょいいよね。

閑話休題。
というわけで中学の友達はほぼ8割がた働いてる気がします。
高卒で働いてる人もいれば、最終学歴は中卒もいるし、職業高校卒、高専卒なんかはたくさんいます。
じゃぁなんでその高校選んだのか。

もちろん誰に聞いたわけでもないけれど、
学力レベルがほとんどな気がします。
学力テスト受けて、点数出て、偏差値でて。
それを上から順番に輪切りにしてったところがあなたの高校です。
そんな決め方じゃありませんでしたか?
明確に何か目標を持って高校を選びましたか?
普通高校を選ぶ人は、どんな目標がありましたか?


なんだか負のオーラが漂い始めてる気がしますが、
みんなそんなこと考えて中学時代過ごしてたかな?もっと適当な気がします。
ここでいいやとか。ここなら受かるとか。
大冒険だね!と言われながら受験んしてったやつもいるけれど、
それは本当に明確な自分の意思だったのか。
周りから言われ、影響され、自分の考えだと思い込む。
流され、怠惰に過ごし、惰性で受ける。
少なくともオレはそうでした。


加えてあげるならば。


函館には高校は少ないです。
普通高校が何個か。水産・工業・商業なんかの職業高校。高専。私立何個か。
選べるっちゃ選べるけど、どれを選ぶにしても道外に出た方が良いに決まってる。
ラサールなんて、私立で頭良い振りしてるけども、札幌の公立にも負けるわ関東関西には足元にも及ばないレベルです。

そんな限られた選択肢の中で、本当に自由に選択ができたのか。
そして自信をもって選択したと言えるのか。
夢を追って高校を選ぶのなら、何故函館だけの選択肢だったのか。
もしも自由に選択できる権利があるならば、函館民は函館以外を選ぶのが常のはず。
それでもなお函館にとどまる選択を続けるのはなぜか。
これはただ単に、流されて学力の輪切りで決めたことを意味してるんじゃないだろか。


そんなことが、オレの問題意識です。
posted by ケン at 03:13| 京都 晴れ| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

京都チーム櫻嵐洛in高知

一番日焼けしてるのが僕です。

posted by ケン at 02:57| 京都 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。